子育てをしていると初めて知る行事にびっくりすることってありませんか?

その1つが赤ちゃんの初正月に飾る「羽子板」です(男の子は「破魔弓」)。

夫婦とも実家でその風習がなかったので何をどうすればいいのか分からず、一から調べてみたので紹介します。

 

初正月の羽子板・破魔弓の風習とは?

明治・大正の羽子板
明治・大正の羽子板

そもそも、初正月とは赤ちゃんが生まれて初めて迎えるお正月のことです。初正月には男の子には破魔弓を、女の子には羽子板を贈ってお祝いする風習がなんと江戸時代から続いているそうです。

羽子板や破魔弓を正月に飾ることをお正月節句飾りと言いますが、その由来は江戸時代の時代背景にあります。

当時は衛生状態も悪く、医療も未発達だったせいで、生まれた赤ちゃんが大人になることはとても大変なことでした。子どもが病気にかからず無事に成長することを願ってお正月に祝うようになりました。

羽子板の羽根は木製の小球ですが、元々は無患子(むくろじ)の木の種子に数枚の鳥の羽根を差し込んだものでした。無患子は「子が患わ無い」と書くように、子どもの無病息災の願いが込められています。

室町時代にはすでに羽根突きが行われていましたが、羽子板は羽根突きの道具から、「魔をはね(羽根)のける」という意味で徐々に厄払いとしても使用されるようになり、魔除けとして正月に女性に贈る風習があったようです。

戦国時代には羽子板に装飾がされて、より厄払いや縁起物としての色合いが濃くなっていきます。江戸時代に入ると武家が女児の誕生を祝うために羽子板を贈るようになります。これが庶民に伝わり、女児のいる家庭に縁起物として年末のお歳暮として贈られるようになりました。

江戸時代には当時人気のあった歌舞伎役者を型どった押絵羽子板が流行します。最初は板に直接、大和絵を書いたものでしたが、庶民に人気の役者や狂言を題材にした立体的な羽子板が売れるようになりました。

 

知らないと恥をかく羽子板の決まりごととは?

女児の初正月に贈る羽子板ですが、知らないと恥を書くような決まりごとがあります。まずは飾る期間です。いつからいつまで飾るものなのでしょうか?

羽子板はお歳暮感覚で贈られたものですから、12月の中旬から翌年1月の旧正月(14~16日)まで飾るのが原則です。羽子板は桃の節句にも飾ります。縁起物なので、インテリアとして一年中部屋に飾っても問題ありません。

年内に飾るなら遅くとも12月30日までに飾る必要があります。なぜなら大晦日の31日に飾るのは「祝い物の一夜飾り」といって、あまり縁起がよくないとされているからです。

次に誰が贈るのかについてですが、これは嫁を嫁がせた嫁方の両親から若夫婦に「この子が健やかに育ちますように」と願いをこめて贈るものです。破魔弓についても同様です。

ただし、最近では可愛い孫のために両家で折半して購入するケースもあるようです。

(参照:人形の久月 初正月Q&A )

 

道成寺の羽子板は題材が悲恋モノですが縁起物なの?

道成寺 羽子板
画像提供:人形物語

羽子板の種類には歌舞伎や能、浄瑠璃などの演目として有名な「娘道成寺」というものがあります。道成寺といえば安珍清姫伝説で、想い人である僧の安珍に裏切られた清姫が怒りのあまり蛇になって安珍を焼き殺してしまうお話です。

話の内容としては幼い女児にふさわしくないし、縁起物とはとても思えないですが、これが羽子板になるとどうして縁起物になるのでしょうか?

実は、羽子板に描かれる題材は何でもいいのです。羽子板自体に厄払いや縁起物としての意味があるわけで、人気の演目の道成寺が庶民によく売れたから羽子板の種類として定着したのでしょう。

他にも羽子板に使われる人気の演目として「藤娘」「朝妻」「汐汲」があります。

 

・藤娘

羽子板 藤娘
画像提供:スガ人形店

日本舞踊の演目として有名で、当初は絵から抜け出た藤娘が館に忍び込んだ悪者を悩ませる七変化の舞踊でした。昭和12年に6代目尾上菊五郎が設定を藤の花の精に変えました。

藤の花はお酒をあげるとキレイに咲くという言い伝えを元に、花の精が酔っ払って女心を踊る内容になっています。

実は当初の藤娘の絵のモデルは元禄時代の遊女でした。イケイケなファッションが当時流行っていて、それを面白がって大津絵の作者が風刺画にしたのが始まりです。黒い塗笠に藤の枝をかかげた姿の大津絵は旅行者の人気の土産になりました。

 

・浅妻

羽子板 浅妻
画像提供:伏見屋

琵琶湖の港町の浅妻では、浅妻船という渡し船に烏帽子・水干(すいかん)姿の遊女が乗って旅人を相手に商売していました。

一夜限りの浅い契りと朝をかけて「浅妻」と言われています。月夜の晩に琵琶湖畔に浮かぶ船の上で美しい娘が鼓を打ち上がら艷やかに踊ります。元々は元禄時代の絵師・英(はなぶさ)一蝶が描いた絵がモチーフになっています。

 

・汐汲(しおくみ)

羽子板 汐汲
画像提供:藤田人形

平安時代初期の歌人・在原行平(ありわらのゆきひら)が神戸の須磨に一時流刑になり、現地の海女の姉妹、松風・村雨と恋をします(二股です)。

突然、都に帰ってしまった行平のことを忘れられず、姉妹は死んでも亡霊になって秋の月のもとで汐を汲む踊りを見せる内容です。

行平の形見の烏帽子と狩衣をまとい、海の水を汲む桶を肩にかけて踊ります。幸せを汲むとして縁起担ぎで人気のある演目です。

 

・娘道成寺

安珍清姫伝説を元にした演目で、道成寺の鐘供養の日に白拍子の美しい娘がやってきて、女人禁制のお庭に、舞を舞うことを条件に入り込み、娘から大人の女まで様々な恋心を踊ります。

最後は鐘に上り、蛇の本性を表し、実は清姫の化身だったというお話です。勘違いしやすいのですが羽子板の女性は清姫ではなく、この白拍子がモデルになっています。

この道成寺には「玉の輿」「立身出世」という裏の意味があります。藤原不比等の養女になった漁村の娘が後に聖武天皇を産み、その娘の信仰していた観音様をまつって道成寺が建立されました。

 

羽子板の選び方とは?

羽子板の大切さが分かったところで、さてどこでどうやって選べばいいのか?という疑問があると思います。

羽子板自体はどこでも売っています。たとえば

・赤ちゃん本舗、ベビーザらスなどベビー用品店
・イオンやイトーヨーカドーなど大手スーパー
・人形の久月など専門店
・ネット通販

だいたい11月下旬から売り場に並びます。スーパーなどは売れ筋の値段のものが多い一方、専門店では安いのから高いのまで品揃えが豊富です。

値段による違いですが、3万円くらいの価格でも量産品みたいな感じです。より本格的なものになると5万円台に、そして7~10万円になると有名な先生が作った作品になります。

最近はマンション住まいの人が多いので、場所を取らないように小ぶりなサイズのものが人気のようです。置き場所に困らないように買う前にサイズをよく確認するといいでしょう。

 

まとめ

いかがでしたか?初正月に羽子板を飾る風習について紹介してきましたが、我が家では自分も奥さんの家系も羽子板の風習が全くなかったので、今回調べてみていろいろ発見がありました。

記念に残るものだし、厄払い・魔除けの意味もあるから、少し奮発していいものを買って、毎年飾ろうかと思います。

これから羽子板を購入される方は本記事を参考にしてくださいね♪

The following two tabs change content below.